寺社などの文化財修復に使われる木材が入手困難になっている。京都府や文化庁は材料を確保するための森林を指定する事業を実施しているが、木材を利用する側と生産する側の需給バランスが必ずしも一致しているわけではなく、活用につながっていないケースもある。材料を生み出す森林は国産材の消費低迷や林業の担い手の高齢化などから荒廃しており、環境保全の観点から活用が求められているが、日本の文化を維持するためにも、森林資源の活用が喫緊の課題となっている。
1657年の完成以来、初の大規模修理が進んでいる国重要文化財の本隆寺本堂(京都市上京区)。屋根が外され、直径60~80センチ、樹齢150~200年のマツの丸太による梁(はり)組みがあらわとなり、傷んだ丸太を取り換える作業が続いている。文化財修復は同じ材料を使うのが原則だが、新しい丸太に使っているのはヒノキだ。府文化財保護課の鶴岡典慶建造物担当課長は「これだけの太さのマツはマツクイムシ被害でほぼ壊滅し、手に入らない。次善の策でヒノキを使った」と話す。ほかの修復現場でも、ヒノキで代用する動きが広がっているという。
文化財用の材料不足は、奈良県の国宝・室生寺五重塔が1998年の台風で被災した際、屋根の檜皮(ひわだ)が手に入らずに復旧が遅れ、全国的に注目された。文化庁は実態調査結果を踏まえ、2006年、檜皮や木材などの安定確保のため「ふるさと文化財の森」の設定を始めている。
京都府は03~05年度、文化財修復や祭りの用材を確保するため、国に先駆けて府内20カ所のヒノキ林やスギ林、アカマツ林など計約28ヘクタールの民有林を「京都・文化の森」に指定・登録した。府内では重文級建物の修復が毎年数件行われているためだ。ところが、京都・文化の森の木材が利用されたのは、大徳寺玉林院(北区)と知恩院(東山区)の修復などに限られ、05年度以降は建材としての活用実績がない。
国指定文化財の修復は公共事業で、材料調達は競争入札となる。このため「よほどの事情がなければ木を指定して購入するのは難しい」(府文化財保護課)という。また、修復では、再利用できない部材だけを入れ替えるため、解体するまで必要な木材の量が分からず、事前に確保することもできない。
一方、木材の生産者側には別の事情がある。京都・文化の森に指定された1ヘクタールのスギ林を所有する京都市右京区京北地区の江口喜代志さん(59)は「文化財に使ってもらえるなら光栄で協力するが、それだけでは食べていけない」と話す。江口さんは計約100ヘクタールの山林を所有管理するが、30年ほど木材を出荷していない。木材価格が下落し伐採・運搬の経費に見合わず、主に木工で生計を立てている。「文化財向けはごくわずかで、プラスアルファの要素でしかない。林業のベースとなる一般住宅で利用が増えなければ、山を守るのは難しい」と将来を見通せないでいる。
木材利用を巡る消費者と生産者の考え方の違いについて、京都・文化の森の実態調査を手掛けたNPO法人サウンドウッズ(兵庫県)の安田哲也代表理事(48)は「消費側と生産側のニーズのズレは林業界の大きな課題だ」と指摘する。公共施設や民間住宅などで地域産材の利用を望む声は強まっているが、流通の仕組みがなく、木が利用されないこともあるという。
文化財向け木材は林業としては特殊なジャンルだが、象徴的でもあり、一般消費者への影響力は強い。多くの消費者が森の資源に親しみ、日常的に使用する機運を高めるためにも、安田氏は「文化財の分野で消費者と生産者をつなげる仕組みが必要だ」と訴えている。